
江戸川乱歩 影男
あらすじ
その男には、無数の名があった。 速水壮吉、綿貫清二、鮎川賢一郎、殿村啓介、宮野禄朗、或いは、或いは……。 そのうちの一つの名、佐川春泥は人気の小説家でさえあった。 いくつもの名前を使い分けるその男は、人間の裏側を探求することに耽溺していた。 これと目ざした個々の人間の、秘密の生活を探求することが、彼の生甲斐だった。 そしてこの探求の副産物として、裕福な人間の裏側を見たときには、 それを武器として相手から多額の金銭をゆすり取っていた。 犯罪小説家・佐川春泥の作品の資料も、「裏返しの人間探求」によるものだ。 彼は念入りな隠身術を用いて、決して正体を悟られないよう用心していた。 顔面扮装術にも秀で、場合によっては七十歳の老人にも、二十代の美女にも化けた。 彼のほんとうの素顔は、誰も知らない。 この怪人物は、様々な名前で、様々な世界に触れる。 アル中の元大尉の家庭に救いの手を差し伸べた。 上流婦人の秘密クラブに潜り込んだ。 殺人請負会社に勧誘され、顧問となった。 秘密の地底王国で、この世ならざる体験をした。 戦後成金の夫人失踪事件にちょっかいを出した。 そしてこの男はついに、名探偵・明智小五郎と邂逅することにもなる。 影に紛れ、この世の裏側を探求する「影男」。 彼の見る世界、そして迎える結末とは? 乱歩の好む幻想が詰め込まれた長編小説の一作