
あらすじ
回取り扱う『都鄙問答』を書いたのは、江戸時代中期に活躍した石田梅岩という学者でした。「梅岩」は号で、諱は興長、通称では勘平と呼ばれていました。百姓の家の次男として生まれた梅岩は、十一歳で京都の商家における丁稚奉公を始めたものの、勤めていた店の経営が傾いてしまったせいで、五年で実家へ戻ることになります。これは商売人としての挫折でした。ただ一方でこの間に神道に傾倒するようになり、二十三歳の時に再び京都の呉服商での奉公を始めた際、梅岩が本当にやろうとしていたことは神道の布教であったと言われています。とはいえ梅岩は単に神道にだけ興味を持っていたわけではありません。最初の丁稚奉公時代から読書や学問にも傾倒し、神道だけでなく儒学・朱子学、さらにはおそらく老子・荘子や仏教などの書物も数多く読んでいます。 (超訳 都鄙問答 冒頭より) 収録内容 タイトル 都鄙問答の段 商人の道を問うの段 播磨の人が学問について質問するの段 ある人が親に仕えることを問いかける段 ある人が主人の振る舞いの良し悪しを質問するの段